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東京地方裁判所 平成元年(ワ)10384号 判決

原告 細川恵子

右訴訟代理人弁護士 寺澤正孝

被告 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 宮崎邦次

右訴訟代理人弁護士 川上泰三

同 額田洋一

同 尾崎昭夫

同 武藤進

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告に対し、一四〇一万三〇〇〇円及び内金一二〇〇万円に対する昭和六三年一〇月二六日から、内金二〇一万三〇〇〇円に対する平成元年一月一三日から各支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、被告(広尾支店)に対し、昭和六三年一〇月三日、一四四一万三〇〇〇円を、預金名義人原告本人として、期間の定めなく、普通預金として預け入れた(以下「本件普通預金」という。)。

2. 原告は、遅くとも、昭和六三年一〇月二五日までに、被告山口支店及び被告広尾支店に対し、本件普通預金残金一四〇一万三〇〇〇円の全額の払い戻し請求をなした。

3. 原告は、平成元年一月一三日、被告広尾支店に対し、本件普通預金残金一四〇一万三〇〇〇円の全額の払い戻し請求をなした。

4. よって、原告は、被告に対し、消費寄託契約の終了に基づき、本件普通預金残元金一四〇一万三〇〇〇円及び内金一二〇〇万円に対する弁済期の翌日である昭和六三年一〇月二六日から、内金二〇一万三〇〇〇円に対する弁済期の平成元年一月一三日から各支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は全て否認する。

三、抗弁

1. 被告は、左記事由により、本件普通預金の真の債権者を過失なく確知しえなかった。

(1)  原告、原告の両親細川嘉八(以下「嘉八」という。)及び細川千左子(以下「千左子」という。)が、昭和六三年一〇月三日、被告広尾支店で、原告名義で一四四一万三〇〇〇円を普通預金として預金した。しかるに、同年一〇月一一日、嘉八が被告広尾支店に来店し、「本件普通預金は、自己の出捐による自分の預金であるから払い戻しをしないで欲しい」と申し出て、「本件普通預金債権の帰属については、家族間の話合いにより解決する」旨の念書を提出した。その後、被告は、原告及び嘉八から、数回にわたって、本件普通預金債権が自己に帰属する旨の主張を受けたが、その原告の主張の中には、本件普通預金の源資が嘉八からの贈与によるものであるとのファクシミリによる送信も含まれていた。

(2)  被告は、原告から平成元年二月二三日付で、「原告は、千左子が借り入れた二〇〇〇万円のうち、一四四一万三〇〇〇円の贈与を受け、これを本件普通預金として預け入れた」との理由により、預金の払戻を求める催告を受け、更に、同年二月二七日付で借主千左子、連帯保証人及び担保提供者嘉八とする、二〇〇〇万円の消費貸借契約書(以下「本件消費貸借契約書一」という。)の写しの送付を受けた。

(3)  被告は、平成元年六月五日、原告から、千左子を貸主、原告を借主とする、一四四一万三〇〇〇円の消費貸借契約書(以下「本件消費貸借契約書二」という。)の写しの送付を受けたが、この千左子名下に押捺された印影は、本件消費貸借契約書一の千左子名下に押捺された印影と異なるものであった。

(4)  その後、被告は、原告から、本件普通預金に関し、嘉八との間で話し合ったが、解決に至らなかった旨の報告を受け、嘉八側からも、本件普通預金債権の帰属に関し、原告との間で紛争が生じているとの理由により、嘉八代理人から本件普通預金に関し、弁護士法二三条の二に基づく照会を受けた。

以下の経緯により被告は、原告の預金の源資の取得が嘉八からの贈与、千左子からの借り入れと変遷していること、本件消費貸借契約書一にかかる消費貸借について、資金調達につき嘉八の信用供与力が大きいから、嘉八が実質的な出捐者であるとも解されること、本件消費貸借契約書一と二の千左子名下に押捺された印影が異なること、嘉八の代理人から弁護士法による照会を受けたこと等により、過失なくして本件普通預金の真の債権者を確知しえなかった。

2. 被告は、右事由を供託原因として、平成元年一〇月一二日、東京法務局に対し、当時、原告から請求を受けていた左記の金員合計一四六四万七七八八円を供託した。

(1)  残元金 一四〇一万三〇〇〇円

(2)  約定利息 八二三四円

①昭和六三年一〇月三日から同年一〇月六日までの利息三二八円

②昭和六三年一〇月七日から平成元年一月一三日までの利息七九〇六円

(但し、約定利率年〇・二六パーセントの割合により、所得税・住民税合計二〇パーセントを控除)

(3)  法定利息(遅延損害金) 六二万六五五四円(平成元年一月一四日から同年一〇月一二日まで)

四、抗弁に対する認否

抗弁は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、〈証拠〉によると、左記の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

1. 原告は、嘉八を父とし、千左子を母とし、日本及びロサンゼルスに住居を有し、ロサンゼルスでは、日本の陶器を売る陶器店を経営しているものであること、原告には兄細川聖一がいること

2. 千左子は、株式会社細川物産の代表者であるが、昭和六三年一〇月三日、株式会社ユーコー(以下「ユーコー」という。)から、二〇〇〇万円の金員を、嘉八を連帯保証人として借り受けた(以下「本件消費貸借契約一」という。)こと、この貸金を担保するため、同日、嘉八所有の別紙物件目録記載の土地建物につき、嘉八を抵当権設定者、ユーコーを抵当権者として抵当権設定契約(以下「本件抵当権設定契約」という。)がなされたこと、この本件消費貸借契約一及び抵当権設定契約には、原告、嘉八、千左子が立ち会っていること、この本件消費貸借契約一に基づく二〇〇〇万円のうち、一四四一万三〇〇〇円以外の金員は、株式会社細川物産の支払いのために必要であったこと、原告、嘉八、千左子は、同日、被告広尾支店を訪れ、原告が手続をして、二〇〇〇万円のうちの一四四一万三〇〇〇円を、預金名義人原告本人として、本件普通預金がなされたこと、このとき本件普通預金通帳(以下「本件通帳」という。)に押捺された原告の印鑑(以下「本件印鑑」という。)は、千左子から原告が譲り受けたものであること、原告は本件通帳及び印鑑をその後継続して所持していること、被告広尾支店で預金がなされたのは、被告ロサンゼルス支店に、原告が取引口座を有し、送金の便宜を考えてのことであること、同年一〇月七日、原告は千左子から頼まれ、被告広尾支店で、四〇万円を本件預金から引き出していること

3. 本件消費貸借契約一の金利の支払いは、平成元年三月までは、千左子がなしていたが、その資金は原告が負担していたこと、その後、千左子が病気になったため、この金利の支払いの名義も原告名義でなされていること、同年四月頃、原告は、千左子との間で昭和六三年一〇月三日付で本件普通預金にかかる一四四一万三〇〇〇円につき、原告が千左子から同金員を、弁済期昭和七三年九月三〇日として、昭和六三年一〇月三日、借り受けた旨の本件消費貸借契約書二を作成していること

4. 嘉八は、昭和六三年一〇月一一日、被告に対し、本件通帳と印鑑を原告に盗られたとして、本件普通預金口座からの払戻の禁止を依頼したこと、この件に関しては、家族全員で話合い処理するので、被告には迷惑をかけないとの書面を差し入れていること、嘉八は、細川聖一から、老人ホームに入れられていたが、原告は、平成元年五月頃、この老人ホームで嘉八と面会し、嘉八から、本件普通預金につき、「ゆくゆくは、お前が責任を持たなければならない金だから、何とかしてあげたいが、原告を助けることはできない」と言われたこと

以上の事実を認定することができる。

右認定の事実によると、嘉八からの、原告に対する盗難の申し立てがなされているが、本件普通預金の源資は、ユーコーから、千左子が借り入れたものであること、千左子との間で、原告は本件普通預金の全額につき、消費貸借契約を締結していること、原告は、本件消費貸借契約一につき、ユーコーに対する金利を負担していること、この借り入れにつき抵当権設定者となった嘉八立会いのうえ、原告名義で、原告により、被告広尾支店で本件普通預金がなされていること、被告広尾支店が選ばれたのは、原告の経営する店舗のあるロサンゼルスへの送金の便宜を考えてのことであること、原告は、本件普通預金をなした後、本件通帳及び印鑑を継続して所持しているものであり、嘉八は、原告に対し、平成元年五月に、何とかしてあげたいと述べていることに照らすと、本件普通預金の預け入れ行為者は原告であり、出捐者も原告であると解するのが相当であるから、本件普通預金の債権者は原告と認めるのが相当である。

二、抗弁につき判断する。

1. 〈証拠〉によると、被告は、債権者不確知を供託原因として、平成元年一〇月一二日、東京法務局に対し、左記の金員合計一四六四万七七八八円を供託したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(1)  残元金 一四〇一万三〇〇〇円

(2)  約定利息 八二三四円

①昭和六三年一〇月三日から同年一〇月六日までの利息三二八円

②昭和六三年一〇月七日から平成元年一月一三日までの利息七九〇六円

(但し、約定利率年〇・二六パーセントの割合により、所得税・住民税合計二〇パーセントを控除)

(3)  法定利息(遅延損害金) 六二万六五五四円(平成元年一月一四日から同年一〇月一二日まで)

また、右供託にかかる金員は、当時、原告が被告に請求していた金員であることは当裁判所に顕著である。

2. 〈証拠〉によると左記の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(1)  原告、嘉八、千左子は、昭和六三年一〇月三日、被告広尾支店を訪れ、原告が手続をして、二〇〇〇万円のうちの一四四一万三〇〇〇円を、原告を名義人とする本件普通預金をなしたこと、その後、同年一〇月一一日、嘉八が被告広尾支店に架電し、原告が本件通帳と印鑑を持って逃げた、支払いを止めるように要請したこと、被告広尾支店取引先課長前田秀穂(以下「前田」という。)が、電話では要請に応じられないと述べたところ、嘉八が被告広尾支店に来店し、「本件普通預金は、名義は原告であるが、自己の出捐による自分の預金であるから払い戻しをしないで欲しい」と申し出て、「本件普通預金債権の帰属については、家族間の話合いにより解決する」旨の念書を提出したこと、このため、被告は本件普通預金口座からの払い戻しを禁止する措置を取ったこと、その後、被告広尾支店得意先課長代理昆進(以下「昆」という。)は、原告のロサンゼルスの代理人テリー・フェーメールから、同年一〇月一三日付で、なぜ支払いの禁止の措置を取ったのかの理由を明らかにするようにとの書面を受け取っていること、昆は、同年一〇月二〇日、同代理人からファクシミリで同様の申入れを受けていること、原告は、同年一〇月二四日、被告広尾支店長及び昆宛に、本件普通預金にかかる金員は嘉八が二人でアメリカに行こうと、原告に贈与したものである旨のファクシミリの送信をしていること

(2)  原告は、平成元年一月一三日、千左子及び原告代理人沖弁護士立会いのうえ、被告広尾支店で、本件普通預金口座から全額の払戻を求めたこと、これに対し、被告広尾支店前田及び同昆は、嘉八からの昭和六三年一〇月一一日の申入れを根拠に支払いを拒絶したこと、被告広尾支店長は、原告代理人沖弁護士から、平成元年二月二三日付で、「原告は、千左子が借り入れた二〇〇〇万円のうち、一四四一万三〇〇〇円の贈与を受け、これを本件普通預金として預け入れた」との理由により、預金の払戻を求める催告を受け、更に、同年二月二七日付で借主千左子、連帯保証人及び担保提供者嘉八とする、二〇〇〇万円の本件消費貸借契約書一の写しの送付を受けたこと

(3)  被告は、平成元年六月頃、原告から、千左子を貸主、原告を借主とする、一四四一万三〇〇〇円の本件消費貸借契約書二の写しの送付を受けたが、この千左子名下に押捺された印影は、本件消費貸借契約書一の千左子名下に押捺された印影と異なるものであったこと、前田は、この頃、入院している千左子を見舞い、千左子の意思を確認していること

(4)  その後、被告は、嘉八側から、平成元年八月に、本件普通預金債権の帰属に関し、原告との間で紛争が生じているとの理由により、嘉八代理人弁護士岡田優から第一東京弁護士会長を介し、本件普通預金の口座番号、残額、嘉八が払い戻しを受けるにはどのような手続が必要か等に関し、弁護士法二三条の二に基づく照会を受けたこと

以上の事実によると、本件普通預金は、原告が手続をなし、原告名義でなしたものであるから、被告にとっては、本件普通預金がなされた当初は、その債権者は原告であることが明確であったと考えられる。しかし、被告は、その後、嘉八から、昭和六三年一〇月一一日、原告が本件通帳と印鑑を持って逃げた、「本件普通預金は、名義は原告であるが、自己の出捐による自分の預金である」と申出を受けたこと、本件普通預金の出捐者については、その源資の取得につき、原告の説明が嘉八からの贈与、千左子からの借り入れと変遷していること、本件消費貸借契約一につき、資金調達につき嘉八が担保を提供し、連帯保証人となっていることからすると、本件普通預金につき、嘉八が実質的な出捐者である可能性があること、本件消費貸借契約書一と二の千左子名下に押捺された印影が異なること、嘉八の代理人弁護士岡田優から、本件普通預金の口座番号、残額、嘉八が払い戻しをうけるにはどのような手続が必要か等に関する弁護士法による照会を受けたことが認められる。しかして、普通預金債権は、指名債権であり、預金通帳及び届出印鑑は、預金者認定の証拠資料となるに過ぎず、普通預金債権の預金者は、特段の事情のない限り、単に名義人ではなく、自己の出捐で、かつ、自己を預金者とする意思で、自らまたは使者・代理人・機関等を通じて預金をしたものと解するのを相当とする。したがって、嘉八からの申出を受けた時点で、この申出の内容に照らすと、本件普通預金の債権者は被告にとって明確とはいえなくなったものであり、本件普通預金の出捐者については、供述に頼る部分が多く、原告の供述自体変遷が認められること、その後の、原告の提出の資料によっても、嘉八が実質的な出捐者である可能性があったこと、平成元年八月の時点で、なお、嘉八の代理人弁護士から、本件普通預金の払い戻しを嘉八が受けるにはどのような手続が必要か等の照会がなされていること、また、被告の調査は、ことに供述の信憑性については、裁判所が、宣誓、偽証罪等の裏付けにより相手方の反対尋問を経た証拠調べとは異なるものであることを併せ考えると、被告が本件供託をした、平成元年一〇月一二日の時点においては、被告は取引における通常の注意義務を払っても、本件普通預金の真の債権者を確知しえなかったと認めるのが相当である。

したがって、被告の抗弁は理由があり、被告が供託をした平成元年一〇月一二日の時点で、本件普通預金債権に基づく被告の支払義務は消滅したというべきであり、原告は、その後に、遅延損害金について請求を拡張しているが、右供託時点での原告の債権が消滅している以上、この請求拡張に基づく請求も理由がなく、結局、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

三、以上によると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原崇)

〈以下省略〉

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